神々の山嶺(漫画) 評価 -凡人の感想・ネタバレ-

凡人の感想・ネタバレ漫画>神々の山嶺(漫画) 評価

執筆日2016年01月01日

ストーリーネタバレ

一巻

主人公の「深町誠」は、登山家でありカメラマンでもある。1993年のエベレスト遠征において二人のメンバーを失い、その後、他のメンバーと共に日本に帰ることはせず、ネパールのカトマンドゥ(カトマンズ)で彷徨っていた。ある登山用具を扱った店に入るとあるカメラを発見する。それはあの「そこに山があるから」という名言を残し、エベレストで1924年に命を落としたイギリスの登山家ジョージ・マロリーが持ったいたものと同じ種類のカメラだった。それを手に入れようとしたが、現地のがめつい商人たちや盗人たちに翻弄されてしまった。だが、そこである男と出会う。それは毒蛇を意味する「ピカール・サン」と呼ばれる人物でただならぬ雰囲気をまとっていた。深町は彼を見てどこかで見たような気がしていたが、ピカール・サンは深町に大人しく帰れと言うばかり。別れの際、深町は「あんた羽生丈二だろ?」と問うが、返答はなかった。

日本へ帰国後、深町はネパールで会ったピカール・サン、羽生らしき人物を取材し始めた。
羽生は登山界では有名な男であったが、1985年に消息を絶ってしまったミステリアスな男だった。生きているならば50手前ほどになっている。
彼の過去を知るために深町は取材を始めたのだ。まずは青風山岳会の伊藤浩一郎に話を聞いた。羽生は若いころ青風山岳会に突如入会を申請した過去があった。事故などで両親を早くに亡くした羽生は若いころから登山に打ち込んでいて、青風山岳会に在籍する中で通常の登山ではなく岩壁のクライミングにこそ才能を持つことが明らかになったのだった。岩壁の天才、それが羽生だった。
だが、彼は無骨で無愛想でコミュニケーション能力に問題がある人間でもあった。可愛げがないため会の中では浮きがちで、また「自分が危なかったらパートナーを見捨ててでもザイルを切るか?」というような酒の席での冗談でも真顔で「切る」と答えて周囲を引かせていた。

1970年に青風山岳会がヒマラヤ遠征に行った際、羽生は資金繰りの問題で同行できなかったが、会の仲間である井上真紀夫と共に「鬼スラ」というものに挑戦した。谷川岳の一ノ倉にある難所が鬼のスラブ、鬼スラであり、さらにそれを冬に行うというのは誰も挑戦したことのないものだった。ヒマラヤへ行けない羽生は、代わりに国内で難易度の高い登攀に挑戦することにしたのだ。渋る井上を説得してその偉業を達成した羽生だったが、「パートナーは誰でもよかった」というような発言をしてしまい、やはり会の他のメンバーから諫められた。彼は山への想いが強すぎるがゆえ、そういった周囲への気遣いができない男だったのだ。

そんなとっつきにくい羽生だったので孤立していきパートナーがいなくなりかけていたが、1974年には羽生を尊敬するという岸文太郎が青風山岳会に入会してきた。彼は羽生に愚直に付き従う男であり、羽生も彼に対しては悪からず思っており、岸に対して技術の教授を行うということもした。
ザイルパートナーから拒絶された羽生はそんな岸をパートナーとして北アルプスの屏風岩に挑戦することになった。
だが、そこで事故が起きた。岸が岩壁で足を滑らせて宙づりになったのだ。岸をどうにか助けようとした羽生だったが、ついに助けられず、岸は死亡した。先の酒の席での話などもあり、周囲は「羽生がザイルを切ったのではないか」と疑った。その後、羽生は青風山岳会を去った。

その後、長谷常雄という天才クライマーが登場した。彼は羽生とは違いスマートな生き様でその実力を周囲に知らしめていった。
羽生は登山用具メーカー、グランドジョラスの相談役のような立場の仕事をしていた。が、その仕事の中でパートナーの多田勝彦にやはり気遣いのない発言をしていた。だが、多田が言うにはそれは羽生が長谷を意識し、いらだっていたからこその発言だったのだろうと振り返った。
次々と偉業を成し遂げた長谷はヨーロッパアルプスにあるグランドジョラス(こちらは山の名前)の北壁という、桁違いに危険な挑戦をしようとしており、さらにその直前には羽生が成し遂げた冬の鬼スラも単独でクリアしていたのだった。
「冬の鬼スラを落とした」というのがアイデンティティになっていた羽生にとってこれは看過できるものではなかった。長谷が達成する前に自分がグランドジョラスの単独制覇を夢見て、羽生は単身、アルプスへと向かったのだった。

二巻

今度は深町は岳水館という山岳用具メーカーに努める男性に話を聞いていた。彼が言うには、羽生がグランドジョラスに挑戦した時の手記を持つ人間がいるというので、よければ連絡が欲しいという伝言をしてもらうように深町は頼んだ。そして連絡が来た。その人物は岸文太郎の妹の岸涼子だった。深町は彼女からその手記を読ませてもらった。
そして羽生の過去が語られる。単身グランドジョラスへ挑戦を開始した羽生だったが、彼は登山に失敗した。高さ50mから落下してザイルに宙づりになった状態で目を覚まし、その後驚異的な体力と精神力で救助が来るまで生存したのだ。救助は長谷とその同行者により行われた。この事故によって羽生は手の2本の指を失った。
落下してから救助されるまでの間は手記として残されており、それは想像を絶する羽生の精神状態を事細かに記したものだった。彼は岸を死なせてしまったことを深く悔やんでおり、そのため絶望的な状況では何度も何度も岸の幻覚を見ていたのだった。
生存した羽生は日本に帰国後、その手記を岸文太郎の妹である涼子に渡していたのだ。また、岸が死んだあとに涼子に対して謎の仕送りが継続的に届いていたが、それは羽生によるものだったのだと、涼子はその手記を読んで気づいた。手記を読んだことにより羽生の心を知った涼子。その後、自然と羽生と涼子は男女として付き合うようになったのだが、数年前から涼子とも連絡が取れなくなってしまっているというのが現状だった。

この後、羽生ではなく深町の人生にスポットが当たる。
彼は恋人の瀬川加代子という女性を加倉典明という男に奪われており、加代子が自分に冷め切っているのもあって、自分のふがいなさを呪っていた。1巻で深町があてもなくカトマンドゥにとどまっていのは、この現実から目をそらしていたがゆえだった。

1984年には東京山岳協会がある計画を立てた。エベレストの冬季の南西壁の登頂という、未知のバリエーションルートでの挑戦である。それはあちこちの山岳会から人材を募って行うもの。そしてこれに、あの青風山岳会の伊藤が羽生を推薦したのだった。すでに年齢を40を過ぎている羽生だったが、ここにきてついに偉業をなすチャンスをつかんだのだった。また、このプロジェクトには長谷も参加していた。
羽生はメンバーの中で年長であり、すでに過去の人間であるとも思われていたが、誰よりも働いた。
だが、登山では問題が起きた。どうしても南西壁を踏破する計画は危険であるので、過去に何度も踏破された南東側を踏破する計画に切り替えようと、隊長が提案し始めたのだ。羽生は猛烈に反対するが、南西に挑戦して失敗してしまうより、すでに成されている南東稜制覇であっても達成したほうがいいと考えての提案だった。
羽生はこれを覆すため、南西壁に挑戦できるようにするために超人的な働きでルート工作を行う。南西壁へ挑戦すること自体は可能になったが、隊長の判断により羽生は第一アタック隊ではなく第二アタック隊であり、「一番でないと意味がない」という信条を持つ羽生はこれを降りてしまったのだった。結局、南西への挑戦は失敗し、一方で長谷が南東稜の頂上へと立ったのだった。

しかしその後長谷に悲劇が襲った。
パキスタンにある標高8611メートルの山、「K2」に挑戦したところ、雪崩によりあえなく死んでしまったのだ。
深町は長谷が残した手記のうちからある違和感のある文章を見つける。「8000メートル峰 無酸素単独登頂やる気なんだ」という文章。それは自分のことを語っているのではなく第三者について語っているような文章。深町はそれは長谷が羽生について語っているものだと推測した。長谷は1985年に亡くなったが、その直前に羽生が消息を絶っている。ネパールにいる羽生に長谷は出会い、K2登頂を決意したのではないか?そう深町は考えたのだ。

岩原久弥という人物に深町は会い、話を聞いた。彼は1974に谷川岳の未踏のルートに挑戦したのだが、それは同時に登頂した長谷により先取りされてしまい、あてつけるように長谷は「第2登おめでとう」と岩原に言ったのだった。それはつまり、長谷も羽生と同じくあくまで「最初に」登ることに価値を見出している人間だということを裏付けていた。

深町は続けて北浜秋介というカメラマンに話を聞いた。彼は長谷と共に1985年にカトマンドゥを訪れており、そこで長谷から羽生に関するある逸話を聞いていた。羽生は現地のシェルパで「タイガー」の勲章を持つアン・ツェリンという人物の命を救ったというのだ。アン・ツェリンとは1巻で深町がカトマンドゥで会った人物。この話を聞いて深町は一層、「長谷と羽生はカトマンドゥで会っていた」という確信を持った。そして、羽生が「冬季エベレスト南西壁無酸素単独登頂」という誰もなしえたことのない挑戦を考えているのでは?とも思うようになった。

取材を続けて羽生の幻影を追ううち深町にも内心の変化が起きていた。ここで羽生を追うのをやめれば日本での安全な暮らしに戻るのみだろう。だがそれでいいのか?と自らに問うようになり、ついに再度ネパール、カトマンドゥへ向かい羽生に会うことを決心したのだった。岸涼子にこの話をすると、彼女も後から追うという。そしてついに深町はカトマンドゥへ向かった。

三巻

カトマンドゥに到着した深町は金を駆使してどうにか羽生を探そうとする。アン・ツェリンを発見したが見失ってしまう。ナラダール・ラゼンドラという、以前も会った男に再会した。彼は例のカメラがジョージ・マロリーのものでないのか?だから深町はあれを探しているのでは?ということまで感づいていた。その他にもこのカメラが金になると考えている人物がいるようで不穏な雰囲気だ。
その後、現地で涼子とも合流した深町。アン・ツェリンづてでもう帰れと羽生はメッセージを残した。
だがその後、単独行動になった涼子が、誰かにさらわれてしまった。深町に羽生が連絡してきた。ついに羽生と再会した深町。あのカメラは確かにマロリーのものであり、発見したのは羽生であったことも知る。彼と行動を共にする。涼子をさらったのはモハン、コータム、タマン・ムガルという3人の男だった。実は元「グルカ」だったラゼンドラの助力を得て涼子をさらったその男たちを追いつめたが、涼子を乗せた車ごと崖から落ちてしまった。それを救出する羽生を見て深町は圧倒されたのだった。

その後、ラゼンドラの計らいにより羽生は深町、涼子のホテルに泊まったが、朝になると羽生は消えてしまった。だがラゼンドラに彼の居場所を聞いて羽生を訪れた深町と涼子。そこで深町が推測した通り、冬の南西壁無酸素単独登頂を羽生が考えていることを深町は知った。羽生は命を助けたアン・ツェリンの元へ身を寄せて、ネパールに長期間滞在してエベレストのシェルパとして働き、同時にその計画を行うための準備を重ねていたのだった。そして羽生はアン・ツェリンの娘のドゥマとの間に子供をもうけてもいた。

すでに別に女を作ってしまっていた涼子は羽生を恨むことはなかったが泣いて悲しんだ。深町もまたこの時点で意気消沈して日本に帰ろうとも考えていたが、涼子に「まだあなたの用事は終わっていないのでは?」と説得されて一人残ることになった。そして彼は三度羽生に会うことを決意し、さらに彼の登山を可能な限り見届けようとも考えた。

四巻

羽生よりも先にエベレストのベースキャンプに入り、深町は羽生を待った。
深町は羽生の邪魔をせず、助けも一切請わないということを条件に、羽生の後を追い、撮影する許可を得た。羽生は不法にネパールに滞在しており、今回の登山に文字通り人生を賭けていた。マロリーのように「そこに山があるから」という理由ではなく、「ここに俺がいるから」山を登るのだと、羽生は深町に語る。そうでなければおかしくなりそうだと。山を登ることを知ってしまったら日常なんてぬるま湯であると。そして以前、8000メートル超の地点でマロリーの遺体とカメラを発見したということも語った。

いよいよ羽生の「エベレスト南西壁無酸素単独登頂」の挑戦が始まる。しかもそれはなんと三泊四日という強行とも思えるプランでだったのだが、羽生によれば三泊四日だからこそ可能なのだという。
羽生と共に出発する深町。羽生の足跡を追えばよい分、羽生よりも楽なはずなのだが、みるみるうちに離されていってしまう。最初のキャンプまではどうにかたどり着いた。
二日目もどんどん羽生に離されながらも死力を尽くす深町だったが、絶壁となっている氷壁を登っている途中で嵐に見舞われ、ついに身動きができなくなる。幻覚も見て、実は涼子に思いを寄せていたことなどを自覚する中、壁の上から落ちてきた石が頭に直撃し、木を失ってしまった。
宙づりになっている深町が気づくと、そこには自分の名を呼ぶ羽生がいた。なぜ自分を助けると深町は問い、人生の全てをかけた羽生のこの挑戦の邪魔をしてしまったと悔やむも、羽生は深町を背負ったまま絶壁を登るという超人的な力を見せ、深町を救出したのだった。

テントの中で二人で夜を過ごす深町と羽生。そこでなぜ自分を助けたのか?と深町が聞くと「助けたのは岸だ。これで自分の人生で貸し借りゼロだ」と言った。そして今後の登山プランを羽生は深町に話す。8760メートルから先はいわゆるノーマルルートで登頂する、という話を聞いた後、深町はうっかり「結局ノーマルルートで登頂するのか」といううかつな発言をしてしまう。それを聞いた羽生が「なんだと…」と言いながら険しい表情で深町をにらむところで四巻は終わる。

五巻

夜が明けた後、深町は下り、羽生は頂上を目指す。無言の別れだった。
深町は昨夜うかつにも羽生を挑発するような発言をしたことが気にかかっていた。羽生がノーマルルートと言ったのはさすがにそのポイントだけは別ルートを選ぶ余地がないからだったのだ。そこはエベレスト頂上の直情直下であり、手をかければそれだけで岩の表面が崩れるような危険地帯。そこを登るという選択肢自体が存在しないようなものであるのに、深町の発言は結果として羽生を刺激することになってしまったのだ。また、深町は救出してもらった借りを返す形で、自分の食糧を羽生のザックに忍ばせていた。

順調に下山を進める深町。カメラを向けると数キロ先に羽生の姿をとらえた。
なんと彼はその危険地帯を避けずに上っていたのだ。それを見て愕然とする深町だったが、雲がかかりその姿が見えなくなるまで、羽生をカメラに捉え続けていた。これが深町が生きている羽生を見た最後となった。
一方羽生、超高難易度のカベを登るが、酸素不足で周囲が暗く見えるなどし、すでに息も絶え絶えの状態だ。しかしついに頂上へとたどり着く。頂上でマロリーとアーヴィン、そして岸の幻影を見る。岸へと「もういいか」などと語り掛ける羽生だが、それでも立ち上がり、下山を始めた。

しかし、ベースキャンプに戻った深町とアン・ツェリンがいくら待ち続けても羽生はかえってこなかった。それでも羽生ならばと二人は待ち続けたが、登山から8日が開始したところでついに諦め、深町は日本へと帰った。その際、ラゼンドラからマロリーのカメラを受け取った。
日本へ帰った深町は撮影した羽生の写真を公開し、また彼に対するいわれなき誹謗中傷に抗弁し、誤解を解いた。その深町の行動は世間に認められたのだった。

その後、深町は岸涼子と会い、彼女に自分の想いを告げた。それ以来恋人同士になる。
帰国後の深町は8キロのジョギングが日課になっていた。それと共に安定した日常が続くが、深町の心には常に羽生があった。まだ何かやり残していないのか?常にそう考えていた。ある日酒に酔って羽生を思い号泣したところを涼子に見られ、「行ってもいいのよ」と優しく諭され、またもネパールに行くことを決意する。

深町はチベット側からのエベレスト無酸素単独登頂を計画した。それをアン・ツェリンに連絡すると遅れながらも了承の返事が来た。深町は涼子と共にネパールへ飛んだ。
挑戦するのは11月であり、「南西壁の冬季(12月)無酸素」と比べればハイキングのようなものであると深町は考えるが、それでも過酷な挑戦には違いなかった。
なぜこんなに辛い思いをしてこんなことをやっているのかと自問自答しつつも、深町はついに登頂を達成した。1995年11月のことだった。

下山中、なんと深町は羽生の遺体を発見する。そのそばにはマロリーの遺体もあり、羽生は死しても目を見開いたままだった。
羽生の幻の声が深町には聞こえており、それに言われるままに羽生のザックを見るとそこには深町が渡した食料があった。彼はこれを食べずにとっておいたのだ。また、マロリーのザックも探ってみろと言うのでそうすると、カメラには入っていなかったフィルムがあった。
それを持って決意を新たにして下山する深町。ついに彼は無事に生還した。

最後のシーン。深町が自宅で、持ち帰ったマロリーのフィルムを現像すると、そこにはエベレスト頂上で撮影したマロリーの姿があった。

感想・評価

この作品、ネット上でテントの中での食事シーンとかをよく見るし、名作との誉れが高いのでいつか見ようとは思っていた。今年、2016年には阿部寛と岡田準一が演じる実写映画にもなるという。今回、去年のクリスマスあたりに一気に読んだ次第である。
感想だが、凄い。とにかく凄いとしか言いようがないレベルで凄い。こんなに面白い作品を今の今まで見ていなかったなんて人生損してた、なんてことを言っても言い過ぎじゃないくらいであった。

なんと言っても羽生の生き様のあまりの悲しさと強さよ。まさに山の化身、山の鬼。早くに両親を亡くしたため社会性が育たなかったのか、あるいは生来のものなのかは分からないが、社会不適合のコミュ障と言って差し支えない羽生。山に向き合っている時だけ生を感じることができ、さらに山において二番煎じではなく、あくまで「一番」に何かを成さない限りは満足できない、そんなあまりにも生き難く、ストイックで不器用な人間が羽生である。
ただ、この「俺には○○があるから俺は自信を持てる!」というのは多かれ少なかれ万人に存在するものなんじゃないだろうか。
羽生はそういった気持ちが常人より強いのだろうが、それでもやはり万人に存在するはずだ。勉強ができなくでも運動はできる、運動は苦手だが人付き合いを上手く渡れる自負がある、などなど、人間は誰しも自分の欠点を長所によって慰めているのだ。その長所こそが自分の根幹、軸となるものであり、それに寄りかかっているからこそ人は安定した精神状態で生きていくことができるのだと思う。それが失われた時、おそらく人はアイデンティティを見失い、不幸となるのだ。羽生が長谷に対して持つ劣等感は、全く超人がかったものではなく、誰しもが共感できるもののはず。

主役である深町に関しては、そんな羽生よりも、より弱い一般人として描かれている。彼は羽生の影を追い、ついに彼と出会い、最後には共にエベレストを登ることでその弱さを振り払おうとするが、たっぷり1巻から5巻まで彼の心理の変化が細かく描かれるため、無理なく共感できる。それなりに生きてると、「今これと向き合わなきゃ、乗り越えなきゃ前に進めない」ってこと、確かに人生の節目節目で遭遇すると思う。深町にとってはそれが羽生でありエベレストだったということだ。羽生にしろ深町にしろ、それぞれの行動原理となっている部分が非常にリアルであるからこそ、物語に入り込める。

そして山の恐ろしさを緻密な絵でこれでもかと描写しているからこそ、それに立ち向かう羽生と深町の心理も際立っている。
作者の谷口ジローといえばネット上でカルト的人気のあり、実写化まで果たした「孤独のグルメ」が有名だろうが、この作品をてがけた2000年代では90年代の孤独のグルメの時の絵よりも遥かに画力が増している。人物だけ見てもそうだが、なんといっても背景となる雪山の存在感、説得力。この画力なくしてこの作品の凄みは生まれない。

なんか下手糞な文章しか思いつかないのでこの辺にしておく。とにかく読んでないなら読もうってことで。漫画好きなら読まないと損だ!

項目別評価

これほどの作品を知らなかった自分が恥ずかしい。そんな風に思ってしまうレベルで面白い。ここまで胸に迫る漫画というのはそうない。不器用かつストイックな人間ほどに羽生には共感できるはず。あえて苦言を呈するなら、最終巻、深町が割と簡単にエベレスト無酸素登頂を果たしてしまうように見えるのは、もう少し何らかの説得力が欲しかったところかもしれない。

凡人の感想・ネタバレ漫画>神々の山嶺(漫画) 評価