山風短(漫画) 評価 -凡人の感想・ネタバレ-

凡人の感想・ネタバレ漫画>山風短(漫画) 評価

執筆日2015年01月14日

評論

唯一無二な作風の時代漫画を描くせがわまさき氏の1巻完結の短編集、「山風短」。原作は山田風太郎の小説である。
今までせがわまさきの漫画って腰を据えて読んだことがなかった。代表作としてはバジリスクが真っ先に上がるだろうが、読みたい読みたいと思いつつも踏みきれずにいた。だがふとしたことでこの作品の存在を知り、名前すら全く聞いたこともない作品だったのでむしろバジリスクなど有名作よりもそそり、衝動買い。全4巻と短いのが決め手だったが、1巻完結だと知ったのは1巻を読了後のことだった。とりあえず4巻全部の感想を書く。
はっきり言って、自分自身歴史には疎いってレベルじゃないので評論はかなりざっくりしたものとなる。1巻ごとに感想を書くので複数日にわたり書きたい。なお、性的表現については事情により伏字に。

第一幕 くノ一紅騎兵

1巻の主な登場人物は直江兼続、上杉景勝、そして大島三十郎、またの名を陽炎という見た目麗しい女子、いや男子?この大島三十郎が主人公だ。

話の舞台は関ヶ原の前年である1599年。後の関ヶ原では西軍として徳川と相対する直江兼続の元に仕えたいという美女が現れた。彼こそは大島三十郎だ。しかし兼続は男○なので女は受け入れられないと上杉家の家老たちは言うが、侵入してきた不届き者を制した後、下半身の「モノ」を見せ付けつつ、実は男であるとカミングアウトする。
兼続に取り入り「夜のテクニック」を習得後、さらに三十郎は兼続の主君である大老、上杉景勝(やはり男○)にも気に入られ、彼の一番の寵愛を受ける夜伽役となる。
そしてさらには、なんと男であるはずの三十郎が子を景勝の授かったという知らせが入り、当然ながら景勝は仰天。しかしそんな彼に兼続は「男でも背孕みで子供を授かることもある」などといさめ、うろたえながらも景勝は納得する。んなアホな。

時節は流れ、上杉の動きを不穏分子とかねてから警戒していた徳川家康から景勝宛に最後通告とも言える文が届く。同時に、三十郎はなんと景勝の子供を連れて真田家(反徳川)の元へと遁走してしまう。つまり、徳川家との対決を渋っており優柔不断だった上杉景勝に対して、跡継ぎを人質とすることで明確に対徳川となることを促したということだ。三十郎は真田のくの一、スパイだったということだ。これをもって景勝はついに徳川との対決を決意。この際に家康への返答を描いた兼続の文は熾烈に家康を挑発するものであり、彼こそが関ヶ原の戦いを発生させた張本人であるとされる所以でもある。そして関ヶ原の戦いが勃発する。
三十郎はというと、関ヶ原の前哨戦が行われている中で会津城に現れ、人質としていた自分と景勝の子を返した。そして「騙していた罪は命にかけても償う。上杉の名を汚さんために、関ヶ原において戦う」と景勝に宣言し去る。この際、自分が紛れもなく女であること、「道具」や忍術を使って男に見せかけていたことを白状するのだった。

さらに兼続の元にも現れた三十郎は兼続に「背孕みの法は愉しかった」などとなんとも妖しい言葉を投げかけつつ敵陣に単騎で突撃、見事に散る。そして、兼続の夜のテクニックと三十郎の忍法をもってすれば男○の景勝を騙すことは可能だった、とする最後の語りで終わる。

簡単にまとめると、景勝が男○であるがゆえに存亡が危ぶまれていた上杉家に危惧した上杉家臣の兼続と、上杉家をけしかけるために上杉家にもぐりこんだ真田の手先である三十郎の利害が一致し、共謀し上杉景勝を惑わしたお話、ということになる。

読んだ後にいやあ発想が面白いなーなんて凄い陳腐な感想が出たのだが、それに次いで疑問だったのは。
えーと、背孕みって…なんだろうね。男も背にて孕むことがある、という意味で兼続は使っているのだが、最後に三十郎こと陽炎は「背孕みの秘法愉しかった」と言うわけだ。愉しかったということからして背で孕むということ自体を指すのではなく、まあ行為を刺すわけだろう。そうすると○ナ○○○ッ○のことなんだろうかと思ってしまったが、どうなんだろう。兼続の「超絶技巧」それ自体を指す言葉だと取ることもできるのだけど、男の「背」側という言葉からするとどうしてもそういう連想をするんだが…。改めて考えてみれば、兼続も男○であるということを踏まえて、まあそういうことだろうな。それだけじゃないけどそういうことも含まれているんだろう。それで、三十郎はそれが愉しかったらしい。そんなお話。いや、どんなだよ。要するに性は歴史をも動かすってことか。

第二幕 剣鬼喇嘛仏

時代は一幕と同時期。登場人物は細川忠興の次男である「長岡与五郎興秋」、それに細川家に使える忍びの中で、女でありながら随一の腕前を持つくの一、「登世」である。

与五郎はとんでもない剣狂いあり、冒頭で巌流島の戦いから帰途についている宮本武蔵に勝負を仕掛ける、が敗北する。しかし彼はこれ以降武蔵の強さに魅せられ、ただ彼に勝つことのみを考え生きるように。彼に言わせれば、男女の○○わいなど見た目が美しくない、剣技のほうがよほど美しい!そそる!などといった感じだ。
それより少し後、細川家の江戸人質(家臣が反旗を翻すことがないように徳川幕府は大名の親類を人質としていた)として与五郎が選ばれるが、彼はなんとその道中にて姿をくらますというとんでもないことをやらかす。
その2年後、父の忠興の元に姿を現すが当然ながら忠興は激怒する。何をやっていたかと聞けば2年間修行をしていたのだという。
細川家に仕える草の者「青竜寺組」と勝負をさせても全く相手にならないほどの強さを見せ付ける与五郎。だが、青竜寺組の頭領、「袋兵斎」の孫娘である「登世」にだけは一太刀入れられてしまう。
その目に余りすぎる剣鬼ぶりに辟易しつつも見放すことはしない父忠興は、「いつ死んでもわからない身ならせめて子だけは作れ」と与五郎に諭す。すると、登世の強さに感嘆した与五郎は「相手が登世ならばその通りに」と答える。
だがどうにか自分の下に与五郎を留めておきたい忠興の命に従い、登世は初夜の晩、「男のあれと女のあれがくっついて離れなくなる」ようになる法術を用い、与五郎と登世は文字通り一身同体になってしまう。これは死んでも離れることはなく、子を生んだ時のみようやく乖離するという。

こんな状況になればさすがに剣狂いの与五郎もおとなしくなるだろうと思ったがどっこい、彼はなんと彼女とくっついたまま、豊臣への奉公のために武蔵が向かったという大阪城むけて出立してしまう。
細川家は徳川に仕える身、息子が豊臣の下へ出立したとあっては父の忠興もさすがに許すことはできず、青竜寺組に息子の抹殺を命じるのだが、与五郎も登世も剣豪中の剣豪であり、真っ向から挑めば与五郎に返り討ち、背後を取っても登世の手で真っ二つ。精鋭揃いの青竜寺組をことごとく退け、人々の嘲笑を受けつつもついには大阪城に到達してしまう。
そこで見かけた武蔵に再戦を申し込むのだが、その姿にドン引きした武蔵は戦いを拒否。しかし登世と離れたのならば受けて立つという言質を取りつける。
とうとう大阪城にて子を産んだ登世。ようやく武蔵と戦えると意気込んだ与五郎だったが、その数日後に大阪夏の陣が勃発する。同時に武蔵は大阪城から姿を消してしまう。
武蔵が消えたことに狼狽しながらも与五郎は武蔵を追うというが、登世はここで城と運命を共にするという。彼はそんな彼女を見捨て大阪城を飛び出すのだが…。

数ヶ月後、焼け落ちた大阪城跡で登世の名を呼びながらすすり泣く与五郎の姿があった。
彼は青竜寺組に捕えられ、抜け殻のようになって細川家にて軟禁され日々を過ごしていたが、唐突に登世が子と共に姿を見せる。彼女は豊臣秀頼の正室である千姫の力により命を落とさずに済んでいたのだ。彼女を抱きしめる与五郎、その後彼女を背負って3人でどこかへと旅立ったのだった。これを申し訳なさそうに報告する青竜寺組の頭領、袋兵斎。しかしその報告を受けた忠興は無表情ながらもどこか穏やかな表情で空を見上げるのだった。
なお、細川家に残る記録には与五郎は自殺したとある。

…とまあこんな話なのだが。
正直、読んでて爆笑したりもしたけど結末では普通に凄い感動してしまってね。ずるいって、こんな話。
途中で、「用を足すには、小さい壷に竹で水を注ぐような、あるいは回転して子供にシーシーさせるような…いやこれ以上語ると物語が美しくなくなるのでやめておこう」みたいなナレーションがあるんだけど、もう「こんな物語に美しいもクソもねえよ!」と全力で突っ込んだんだけどね。結末は普通に美しかった。本当にずるいよ、この話。与五郎はどこまでも剣バカなのに武蔵に対する敬愛は計り知れず、武蔵に対しては物凄く謙虚なのが笑える。愛すべきバカでいいキャラしてる。個人的に、一番涙腺が緩みそうになったのは忠興の親心を考えた場合。彼が最後に空を見上げるシーンでグッときた。とんでもない息子だけど、この時はうれしかったんだろうなあ。

第三幕 青春探偵団 砂の城

3巻に掲載されているのはなんと昭和30年代のお話。せがわまさきで江戸、戦国時代以外の時代を描いてるのを初めて見た。
登場人物は全て架空の人物だ。主人公となる秋山小太郎たち男子高校生3人と女子高校生3人の仲良しメンバー。彼ら彼女ら6人は探偵小説愛好会。それに不良が5人と、映画スター「高城千鳥」がメインのお話。

50万円(現在価値500万円)のダイヤのイヤリングを身に着けているという映画スター高城千鳥。彼女は海岸が綺麗な鼻岬村に静養中であるという話を探偵小説愛好会メンバーは新聞で知り、またその地がメンバーのうち一人の実家がある村であったのでその実家を宿に使えるというのもあり渡りに船と、高城に会うため6人は夏休みを利用して旅行に。
海岸で高城を探していたが見つからない。変わりに5人の不良集団に「その場所は俺らのもんだ」とからまれたが撃退する。
夜の海岸で愛好会メンバー6人は高城と出会うが、彼女は銀幕のスターでありながら、スターであるがゆえのめまぐるしさに疲弊しており、あまり幸せではないのだと小太郎は読み取る。そこでもそれを遠巻きに見ている不良メンバーが。いくらなんでもおかしいと考えた小太郎の案により、小太郎が女装し一人になり、不良たちがどう出るのか様子を見ることに。するとなんと刃物をつきつけられて小太郎は脅され、別の場所にいた残りメンバーも同様に脅される。
隙を見て形勢を逆転させた小太郎と残りのメンバーたち。締め上げて話を聞き出すと、「海岸には死体が埋まっており、それを掘り返したいがために邪魔な小太郎たちを排除したかった」ということが分かる。
事情はこうだ。5人の不良メンバーにはもう一人の丈太というメンバーがいた。彼は高城のダイヤのイヤリングを盗んだ。しかし彼女のファンでもあった彼はいざダイヤを仲間に見せるときになり惜しくなったのか飲み込んでしまったのだという。激昂した他の5人に殴り殺されてしまい、5人は恐くなりあわててその場へ埋めて逃げたということだ。
事件は解決したが、小太郎はある疑問を高城にぶつける。「なぜダイヤのイヤリングが盗まれても警察に届けなかったのか」と。すると高城は「私たちにはどんなに高価でもなくなってしまったほうがいいと思えるものを持っている」と答える。その答えを聞いても疑問が晴れない小太郎。愛好会の6人が夜明けの海岸をそれぞれの意中の相手と共に、つまり2×2×2になって並んで歩いているシーンで終了。

感想だが、なんか凄く平坦な話というか、あまり面白くないなって。
中盤あたりで小太郎たちが陣取った場所の下に死体が埋まっているという事実は分かってしまうのだが、それから解決までの流れは予定調和すぎて、また主人公側の腕っ節が不良メンバーを完全に圧倒しているのもあって、ただ優位なままに解決してしまうため面白くない。高城がスターでありながらも決して幸福ではないということを強調してはいるが、だからなんなのだろう、という感じだ。別に彼女と対比になる存在があるわけでもないし。特に特筆すべきものはないストーリーで、普通である。前2巻は面白かっただけに若干拍子抜けしてしまった。

第四幕 忍者枯葉塔九郎

最後の4巻は再び江戸時代。登場人物は一刀流認可の腕を持つ筧隼人、その美しい妻のお圭、そしてカエルのような醜い姿の怪しげな忍者、枯葉塔九郎だ。

筧とお圭は身分違いの駆け落ちをして鳥取まで流れ着いていた。しかし名家の生まれで気位の高いお圭は安い仕事をすることを許さないために銭は尽き、また全く羽目を外すこともないため筧は彼女を引き連れているうちに恋も冷め、もはやお圭を邪魔者としか思わないようになっていた。
そんな折に鳥取藩主の前で御前試合が行われるのを聞きつける。試合で残った3人は仕官することができるのだ。しかし勝算は少ないと見積もった筧はあることを画策する。
「金のために刀を売ってしまった(これは嘘だが)がために藩主に見せる刀がない。悪いが遊女屋に身を売って金を作ってもらえないか?仕官されたのなら当然買い戻しに来る」とお圭に告げるのだが、しかし彼は遊女屋からの金を得た時点で鳥取を去るつもりだったのだ。
この話をお圭に告げると、その話を盗み聞きしていた妖しげな男、枯葉塔九郎がさらに策を提案してきた。「御前試合ではわざと負けてやるから奥方をくれないか」と。この話を飲んだ筧だったが、この話をお圭が全て聞いていた。

そうして御前試合の日、残り3人に真っ当に残った筧だったが、その三人の中で誰が強いのか見たいという藩主の言葉により3人で戦うことに。そこで名乗り上げたのが枯葉塔九郎。彼は筧以外の2人を怪しげな忍法により難なく倒す。彼は斬られても繋ぎ合わせればたちまちくっついてしまうという人外の術を使えるのだ。だが約束していた筧にのみわざとやられる。
手はずでは、筧が彼を繋ぎ合わせて復活させるはずだったのが、恐れをなした筧はしばらくバラバラになった彼の身体を駕籠(籠に乗った人物を人力で運ぶ乗り物)に乗せたまま放置してしまう。
その間にお圭が駕籠をあずかり、枯葉塔九郎を復活させてしまう。遅れて追った筧だったが、すでに二人の姿はどこかに消えてしまっていた。

3年後、筧は鳥取藩八頭郡の郡代となっていた。郡代とは年貢を徴収する役目であるが、彼はあまりに取り締まりがきついために農民は一触即発の状態、今にも一揆を起こす状態となっていた。
そんな時、どこかで見た姿の道ゆく2人の巡礼を発見、筧が引き止めるとやはり枯葉塔九郎、そしてかつての凛々しい姿からは一変しどこか蠱惑的な姿となったかつての妻、お圭だった。
地位を獲得した筧は塔九郎は牢に入れ、都合よくお圭を取り戻そうとする。家に連れ入れてお圭と交わろうとするが、そんな彼女の秘所には枯葉塔九郎の「モノ」が入っていた。それに狼狽していると一揆が発生した知らせが入る。筧はお圭を放置してその鎮圧に向かう。そんな中、お圭は牢に入れられた塔九郎の元へ向かう。塔九郎は忍術により身体をバラバラに切断、牢の外にいるお圭がそれを繋ぎ合わせると何事もなかったように復活。そして抱き合いながら「うれし愉しの同行二人…」と呟き、姿を消す。
一揆の鎮圧で致命傷を負った筧は殺意を抱きながら二人を追うが力尽き、枯葉塔九郎とお圭の二人は幸せそうに手を繋いで走り去るのだった。おしまい。

筧の末路としては自業自得、因果応報と見るのが普通だろうが、安い仕事を決して許さないというお圭にも非はないこともないということで色々思うところある話でもある。若干オチは弱いかなあ、という気はした。最後に筧と二人が関わることなく筧が死んでしまうので、いっそここでは二人が自分らの仲を見せ付けてやったりして決定的に筧をコケにするとかしてもよかったんじゃないのとか思ったり。それと枯葉塔九郎はちょっと無敵すぎると思う。いくら斬られても復活する忍法ってそんなのアリか。あと、お圭が牢から塔九郎を出すシーンは無駄に官能的なので見所。

項目別評価

画力に関しては、2010年と、画風がすでに安定、成熟している時期の作品であり、文句なしに上手い。粗い部分はまるで見当たらない。この人の作品は通して読んだことこそないものの、ちょくちょく飛び飛びで読むことは昔からあったのだが、扱うのは歴史、伝奇小説のような敷居高めの分野でありながら、キャラクターは格好良く、可愛いのが特長だろう。歴史に詳しくなくとも面白い。短編だからこそ気軽に読めるのもいいので、せがわまさき作品の入門としてこれ以上ない作品なのではないだろうか。
4巻全て読んだ場合の格付けは、2>1>4>3。2巻は設定で笑って結末で感動できる。一番性的な描写が多く、ヒロインが可愛いのも2巻であると付け加えよう。1巻は関ヶ原が勃発した理由付けとして面白い作品なので歴史好きならこれを好みそう。とにかく1巻と2巻は面白い。4巻もつまらなくはないのだがパンチが弱い。「これで終わり?」となってしまったのは確か。3巻だけはお勧めできない。購入を悩んでいるならば読まなくてもいいと思う。

山風短

2巻の登場人物、与五郎と登世。登世は与五郎を慕っているため甲斐甲斐しく寄り添ってるだけなので無害です。嘘です。洒落にならない状況です。

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