ダンガンロンパ十神(下) -凡人の感想・ネタバレ-

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執筆日:2017年2月18日

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ストーリー・ネタバレ

中巻は十神、セレス、山田、大神たち希望ヶ峰学園78期生に十神忍を加えた5人と、絶望に冒された77期生の詐欺師十神、澪田、田中たち3人が激突する直前で、十神忍の弟、十神和夜が国連軍を引き連れて現れ、78、77期生両陣を捕らえるところで終わっている。

成長した十神和夜は忍が知っている姿からはずいぶん違っていて、逞しくなっていた。WHOの疫病対策実行部隊隊長となっていて、キース・エレベーターという人物の養子にもなっており、オルヴィン・エレベーターという名前を名乗っていた。
和夜は十神と会話し、「聖書計画」というものについて話す。それは、世界が絶望した時のために「それを読めば誰もが希望を思い出すことができる」という書物を作ると言う計画で、希望ヶ峰学園がその計画を勧めていたという。そして絶望小説とはそれを転用して作られたものであると和夜は言う。その場にいた詐欺師も和夜と共に十神が知っているはずの預言者「件」の場所を聞き出そうとするが十神は答えない。

和夜は78期生も77期生も閉じ込めたうえで、鉄道で移動を始める。そして車内では愛する姉である忍と1対1で会話の場を設ける。決別した和夜に対して忍はまだいくらかの情は残っていて、和夜もまた姉のために義手を用意した。忍と話す和夜は、自分が十神白夜に成り代わり「件」を入手して世界征服をする、という野望を話す。
そんな中、突如列車がひっくり返る。襲い掛かってきたのは中巻でも対立した金井妙子。彼女は傘森製薬工業の人間で、やはり十神を狙っている。傘森の人間と国連軍が対立しての銃撃戦となる中、十神忍はやはり十神白夜のことを思い、和夜の制止も聞かず、十神が捕らえられているという先頭車両へと向かう。金井妙子の攻撃を受けそうになり絶体絶命という場面で現れたのは、忍、和夜の兄である大槻涼彦だった。

超人的な戦闘能力を持つ大槻は難なく国連も傘森も皆殺しにしてしまった。兄弟3人で会話することになるが、和夜も涼彦は当然対立する。突如空から焼夷弾が降り注ぎ、辺り一面が火の海になる。和夜は口無村と十鴉城で炎によるトラウマを植え付けられているためフラッシュバックを起こし恐慌状態に。この隙をついて忍は逃げようとする。ここで出会ったのは中巻でも忍を助けてくれた祁答院浩之。浩之の車に乗り込み、追ってくる大槻も振り切り二人はこの場を去った。

浩之と共にチェコの有名ホテルであるグランドホテル・プップへとたどり着いた忍。ホテル最上階スイートルームでの会話で忍は物語の根底を覆す重大な事実に気付くことになる。それは、十神忍の義眼兼、辞書となっている、右目に埋め込まれている「ボルヘス」が、事実ではなく嘘の情報を忍に教えていたということ。中巻で「鏡佐奈」「鏡那緒美」「祁答院姉弟」「初瀬川研究所」などはこの世界に存在しないということを忍は知ったが、なぜそんな存在しないものが十神忍の前に現れたかといえば、この「ボルヘス」が見せていた幻影だったというのが真実だったのだ。今まで信用していたボルヘスが実は信用ならないものであることを聞かされた忍は激しく狼狽える。
そして浩之との会話中にスナイパーにより狙撃され、浩之は死に、忍の右目は撃ち抜かれてしまう。死んだかと思った忍だったが、右目のボルヘスが破壊されただけで何とか生存していた。

部屋から出るためにはスナイパーから狙われる位置に移動しなければならない状態になり、膠着状態が続くが、そんな時チェコにある放送が轟いた。それは十神の声だった。「世界征服宣言のタイムリミットまで5時間を切った。ヒントとして教えるが、俺は一番俺に相応しい場所にいる」という内容のものだった。信仰する十神の声を聞いて活力を取り戻した忍は膠着を破るために意を決する。スナイパーの銃弾をなんとか回避し、ホテルからなんとか逃げ出したのだった。だが、今まで書き続けてきた「白夜行」を銃弾から身を守る代わりに失ってしまったのだった。
今まで信頼してきたボルヘスを失い、自分の存在意義でもあった「白夜行」も失った忍だったが、自分の手が紙切れを握っていることに気付く。それは浩之が銃撃を受ける直前に忍の手に渡したものだった。それを広げると「K」という文字が書かれていた。

ホテルから脱出した忍は、追っ手に見つからないように山を移動していた。山を移動していはずだと思っていたがいつのまにかとあるレストランに辿り着く。そこで偶然会った老人は「ボルヘスから解放されたか」と言い、小さな小屋へと案内した。老人と話すと、老人はなんと希望ヶ峰学園で「聖書計画」に関わっていた人物の一人だという。そんな人物がたまたまチェコにいて今こうして十神忍と偶然に遭遇したことになる。

老人は物語の核心に迫る真実を話し出す。誰もが希望を取り戻すことができる「聖書計画」はあらゆる物書きの才能を持つ者が携わって完成させようとしたが、結局のところ失敗した。誰もが希望を抱ける本など作ることができないことなど、最初からわかっていたことだったのだ。その名の通り聖書の縮小劣化コピーを作ることが関の山だった。だが、これを作るための過程で生まれた物語AI「K2Kシステム」は老人たちを夢中にさせた。このシステムは確かに本来の役割を満たすことはできなかったが、「二次創作」「偽書」を生み出すことに特化したシステムとして実に優秀なものだった。そしてこのシステムは、聖書計画に携わっていたメンバーの一人の精神をおかしくするような本を作りあげた。そのメンバーによりチームの半数近くが殺されてしまった。この事件により、K2Kシステムの存在は希望ヶ峰学園に知られることとなってしまう。生き残ったメンバーはそれぞれがK2Kを持ち逃げた。老人もその一人というわけだ。老人以外のメンバーから詐欺師たち絶望した人間は奪い取り、「絶望小説」を生み出すことができたという。

さらに老人が驚愕の事実を話す。それは、老人が持ち逃げしたK2Kシステムは十神忍の右目に埋め込まれていたボルヘスに移植されていたということだ。
老人がK2Kシステムをボルヘスに埋め込んだのはメンバーによる殺人事件が発生する前であり、「十神一族最大最悪の事件」が起こった直後だった。十神忍はボルヘスの機能を使い、自分を「白夜行」を執筆することに特化した人間にしたのだった。そしてK2Kシステムを搭載したボルヘスは忍に対して忍が見たい世界だけを見せるようになったのだった。老人が何かを言ったとしても、それを別の言葉に変換してしまうような事態が起こるほど、忍はボルヘスに蝕まれており、ボルヘスが破壊されたはずの現在もその状態からは解放されていないほどだった。

老人と話していたところで銃撃が小屋を襲う。再び追っ手がやってきたのだった。老人の車を借りて逃げ出した忍はそのままチェコへと向かった。
山の中ではタコに洗脳された状態の祁答院唯香がヘリ襲い掛かってくる。絶体絶命のピンチに陥るも、突如ヘリに向かってミサイルのようなものが飛んでいき、撃墜した。忍を助けたのは、上巻でどこかに出かけた描写だけがあった、希望ヶ峰学園78期生、超高校級の軍人の戦刃むくろだった。
忍が戦刃と話すと彼女は世界政府宣言が発せられる前からチェコに入っていたということで忍は不審に思う。実は戦刃は「世界の選択を選択する会」の護衛として働いていたはずなのだが、空港も閉鎖されで帰ることもできなくなってしまったという。
戦刃を残念と思いつつも、戦刃と別れた忍は老人の車でチェコ、プラハへと向かった。

プラハでは戒厳令が発せられていた。そこで大槻と和夜が一緒に行動しているのを見つけた忍。間違ってもウマが合うことはない二人なので、和夜の方が折れて仕方なく共に行動しているのだと、忍は推測した。そして単独行動をしていた大槻に近寄り、利用するために会話をする。和夜もその場に来た。大槻は忍を使って和夜を挑発するためまたも険悪な状態になってしまい、大槻は目くらましを使って忍と共にその場を脱出した。

和夜が指揮する国連軍に追われながら、大槻の運転する車はプラハを疾走していた。そこで現れたのは中巻でチェコ入りした腐川、いやジェノサイダー翔だった。ジェノサイダーは十神から「十神忍を守れ」と命令されているらしかった。そのため、忍を連れ回す大槻と戦闘を開始する。共に超人的な戦闘力を持つ2人だが、ジェノサイダーの方が能力は上回っていた。だがここで和夜も大槻に加勢し、ジェノサイダーと戦い始める。2対1になると今度はジェノサイダーが押され始めるが、その時銃声が鳴り響く。それは忍が借りた車のトランクに隠れていた祁答院唯香が撃った銃声であり、銃弾は大槻を貫いていた。そして大槻は弟である和夜をかばっていた。大槻が力尽きる時、和夜が発した呼びかけは大槻涼彦ではなく、「稔」という名前だった。忍はこの時、大槻涼彦などというのはボルヘスが見せていた偽りの名前であり、兄の本当の名前は「大江稔」だったことを思い出したのだった。この兄に凌辱された過去を持つ忍だが、それでもなお、兄のことは愛していたと和夜に話し、涙を流した。
そして忍、和夜の2人の姉弟は十神に会うためにプラハの大統領府が置かれているプラハ城へと向かった。そこに十神がいる裏付けはなかったが、忍は放送で聴いた「俺にふさわしい場所」というのはそこしかないと考え、確信を持っていたのだった。

プラハ城に入るとそこで待っていたのは確かに本物の十神白夜だった。彼は閉じ込められていた列車から自力で脱出をしていた。そして、「世界征服宣言」が出された後であっても十神の信奉者は世界各地におり、ここプラハ城にいる政府関係者も十神の味方であることを忍に教えた。結局、「超高校級の御曹司」である十神はそれだけ大きな力を持っていたということだった。その場には超高校級の詐欺師である十神も現れ、本物に対して「これから貴様は敗北する」と宣言した。詐欺師の仲間である戦刃がこの場に現れ、和夜の右腕を引き裂き、左目をくりぬいた。ここで忍は本当は弟、和夜も右腕が義手であり、左目が義眼であることに気付く。この件に関しても、ボルヘスが作り出した嘘により惑わされていたのだ。そして義眼にはやはり、忍と同じようにK2Kシステムが搭載されていることも詐欺師は指摘した。忍も和夜もボルヘスにより偽りを見ていたのであり、和夜は「口無村焼失事件」にも、「十神一族最大最悪の事件」にも、関わってはいない人物だった。ただの「名無し」でしかないと指摘された十神和夜だった人物は気を失ってしまう。

続けて詐欺師は十神忍にも真実を突きつける。実は十神忍という人物はすでに十神一族最大最悪の事件で死亡しており、今ここにいる十神忍は、物語の鍵となっていた「件」そのものだということだ。十神白夜はこの「件」を隠すためにK2Kシステムを組み込んだボルヘスを「件」に埋め込み、「件」の人格を十神忍の人格で上書きしたのだった。これにより「件」はこの世から消滅していたことになる。
自分が信仰していた十神自身が自分の真実を黙っていたことを知ってしまった「件」。しかし十神は「件」に対して「真実に負けるな」と言い、信じろ、導いてやるとも言う。この言葉に後押しされ、「件」は自我を確立し、今まで通り十神白夜を信奉する「十神忍」であると詐欺師十神に宣言する。

思惑通りにいかなかった詐欺師十神は自分たちの目的を明かす。彼ら絶望ハイスクールの人間の目的は3つあったという。まずはこの場にいる「件」の消去。いずれ起こす予定の「人類史上最大最悪の絶望的事件」のためには、確実に当たる予言者などいてはいけないのであり、そのために件を消したかったのだという。第二に「世界の選択を選択する会」のメンバーの殲滅。世界を裏から操る存在などは陰謀論を信じる者の頭の中だけにいればいいのであり、本当にいてもらってはこれもジャマになる。だから消したという。そして三つめの理由は「十神白夜の排除」だという。

ここまで話すと詐欺師は十神に選択を迫った。それは、
「世界征服をするか、やめるか」
という選択。具体的には、「世界征服をするのであれば、世界征服は成るが、十神忍には死んでもらう」「世界征服をしないのであれば、十神白夜含む78期生の記憶から十神忍の記憶を消し、十神白夜の才能を制限する、そして十神忍の記憶は完全に消し、別人格として生きてもらう」というもの。忍は世界征服をするメリットの方がはるかに大きいと、白夜に対して世界征服をする選択を行うように促すが、白夜は躊躇なく「しない」方をした。うろたえる忍に対して白夜は、「世界征服などをすれば絶望の人間どもは次の計画を新たに立てる、それを防げるかどうかはわからない」と言う。忍は「才能が弱体化させられてしまったら白夜様はかませ眼鏡と呼ばれるような存在になるかもしれない」などと言って悲観するが、白夜は「言わせておけばいい、何より、お前が生き残ることができる」と言う。結局白夜は選択を変えることはせず、そのまったく狼狽えることのない白夜の様子を見た詐欺師は「いい世界征服だったぞ」と賞賛した。青インクこと十神忍は最後に自分の使っていた万年筆を白夜の胸ポケットに入れた。そして「白夜行の執筆、ご苦労だった」と忍をほめたたえた。十神はその後、放送で大衆に向けて「世界征服などはやめることにした。だからお前らも都合よく理由をつけて破壊行為などを行うのをやめろ」と呼びかけた。実際には絶望小説などは存在しなかった。絶望小説を読んだことで絶望し各地で暴れていたいう人間は、全て、十神忍がボルヘスに惑わされていたように、自分が都合の良いように思い込み、架空の病である「絶望病」にかかったとして、それを理由に暴れていただけだった。
そうしてその後、薬により十神白夜とその仲間の記憶からは十神忍の存在は消されてしまったのだった。

エピローグ。十神はいつもと変わらない様子で希望ヶ峰学園に登校していた。そこで出会う江ノ島盾子も、戦刃むくろも、ソニア・ネヴァーマインドも左右田和一もいつもと違った様子などなく、平凡な日常の風景だった。十神やセレスたちは頭痛を感じていたが、それは詐欺師たち絶望ハイスクールの人間たちに記憶をいじられていることを表していた。そのため、十神は自分が世界制服をしようとした連中から世界を救ったという記憶はあるものの、ソニアや左右田の本性、そして十神忍の記憶は無くなっている。また、世界征服を企んだのはオルヴィン・エレベーター、すなわち十神和夜を名乗っていた「名無し」ということになっていた。彼は獄中で発狂したという。
十神はセレスから「希望ヶ峰学園シェルター化計画」が近々行われることを聞いて、ばかげていると考えた。しかし確かに不穏はすぐそこまで近づいていた。
腐川冬子と共に教室に入ろうとした時、胸ポケットから万年筆が落ち、床を青インクが濡らす。その瞬間、十神の脳裏に天使のような優しいイメージが残ったが、すぐ十神は我を取り戻し、後には何も残らなかった。
ここでダンガンロンパ十神の物語は終了。

感想

なんかもう色々と書きたいことがあって、まとまらないのだが、まずこれだけは言いたい。
なんとなんと…

本編ダンガンロンパの十神白夜は、なんと弱体化した姿だった!

なかなかダンガンロンパ世界において大きな衝撃ですよこいつは。
中巻の感想で「なんか堂々としすぎていてキャラが違う」と書いていたが、それはまさにこのせいだった。そもそも本当に違うキャラといっていいものだった。なんとあのかませ眼鏡こと十神白夜は、本来ならもっとすごい人物だったのです。ただそこに存在しているだけで勝利してしまう。それが本来の十神白夜!
御曹司としての能力を人為的に弱体化とかどういうことよ、とか思いもしたが、まあこれはもう今更かなと。この手のツッコミをダンガンロンパにすること自体ナンセンスなんだろうなと、アニメ3やゲームV3をプレイした最近になってようやくわかりかけてきたような気もする…。思えばカムクライズルに超高校級の幸運を人為的に植え付けるのも全く同じような方向性のトンデモだったな。

ところで中巻の評価や感想では割とボロクソに評価したこの作品だが、先月にニューダンガンロンパV3をプレイした後は特に、一体このダンガンロンパ十神という作品はどう着地するのが俄然、気になっていたところだったりした。

なぜなら、この作品はV3に近い匂いがしたからである。いや、出た順番からすればV3がこのダンガンロンパ十神に近いと言うべきか?
その理由は言うまでもなく、世界自体が嘘であるという点が共通しているからだ。中巻に登場した澪田の言葉から、ダンガンロンパ十神という世界自体が偽りであることは示唆されていた。いくらなんでも、世界全体がフィクション、というようなV3と同じ手法を使うはずはない。だがすでに世界自体が偽りだと言っている。じゃあどういう形の結末がこのダンガンロンパ十神には待っているのか?中巻で「ダンガンロンパの黒歴史」などとさえ言っておいてなんだが、正直この1月は発売が待ち遠しくなっていたのは確かだった。そしてその真相はというと、実質的主人公である十神忍が見ているもののみが嘘だったということになる。

上巻、中巻での感想でダンガンロンパ十神は、著者の佐藤友哉氏が自分の作品からキャラを引っ張って来て厚かましくも登場、活躍させた二次創作まがいのもの、という評価を下したが、これにより若干は撤回する必要があるかな、と感じた。
なぜなら、これを知覚、認識していたのはあくまで「件(くだん)」こと十神忍のみだからだ。しかもそれすらも虚構だった。ダンガンロンパキャラである十神白夜もセレスティア・ルーデンベルクも、決して、「祁答院浩之」や「金井妙子」や「大槻涼彦」といった他作品のキャラ名がつけられたそれらの存在を認識してはいなかった。あくまで十神忍の主観でのみの存在だったからだ。そしてその十神忍の存在自体を十神たちが忘れてしまったこともあり、このダンガンロンパ十神という物語は十神やセレスたち希望ヶ峰学園78期生からすれば、まるで存在していなかった物語のようにもなってしまったわけで。十神にとって、十神忍が存在した証となるものは胸ポケットに入っていた万年筆のみだ。

そもそもダンガンロンパ十神というのはダンガンロンパの正史に入れてすらいいものなのか?と中巻を読んだ時点では保留状態ではあったのが、今回明らかになったこの設定により、まあギリギリ許容できるかな…という感じではあるが、入れても良いものだと思う。最後でこの物語は「人類史上最大最悪の絶望的事件の前哨戦」だったことも今回明かされたわけで、ダンガンロンパ霧切とは違い独立した物語ではないことが強調された。これも正史に入れざるを得ない大きな理由になる。
中巻の感想で書いたように「自分のキャラを登場させて気持ちよくなっている」という批判は変わらず免れないが、本当になんとかギリギリで、正史に加えてもいいものにはなったと思う。何せこのキャラたちのことは何ら全く、十神たちは知らないのだ。クロスオーバーではなく、ニアミスという表現が正しいものになったとでも言えるか?

このダンガンロンパ十神が希望ヶ峰学園シリーズの時間軸で言うといつの出来事になるかというと、「77期生が絶望ビデオを見せられて洗脳されてから卒業するまでの間」ということになる。アニメのダンガンロンパ3で言うと、77期生が七海の死を見て洗脳される絶望編10話と、卒業する11話の間だ。この間にあった出来事がダンガンロンパ十神の物語。絶望状態になってもそれを隠して普通に生活ができることは、アニメ3絶望編から明らかだ。もちろんこの下巻のエピローグで十神が出会ったソニアや左右田はすでに絶望状態ではあるのだが、その本性を隠しつつ平然と学園生活を送っていることになる。

上巻を読んだ直後は佐藤友哉の自作品のキャラが登場しているなんて知らなかったからおおむね好意的な評価を下し、しかしそれを知った直後では「二次創作かよ…」と評価を爆下げし、中巻ではそれに加えて天邪鬼な展開ばかりやらかすことに辟易し、というようになかなか感情を引っかき回してくれる作品だったが終わってみれば、結局のところなかなか楽しませてくれた、というのもまた正直な感想になる。上巻を見たのがもう1年以上前の2015年の末となり、今になってことさらに「クロスオーバーはクソ!」とか「二次創作!」とか批判する気は失せている、というのも大きいのだが。何にせよ上に書いてたようにこの一か月の間は特に楽しみにしてたのもまた確かだったしなあ。好きの反対は無関心とはよく言うが、毒にも薬にもならないというものでは決してはなく、はっきり言えば毒だったが、だからこその刺激があったということは否定できない。
この作品、ダンガンロンパのスピンオフその他の中では最もV3に近い存在かもしれないとは上にも書いたが。嘘っぱちだらけの世界であるということだけでなく、中巻で大槻が読者をコケにすることや、下巻でもまたメタっぽい発言が多々あることなども似ている。相当に性質が悪いが、ダンガンロンパの悪趣味な部分を先鋭化させたという意味で、この作品もまた非常にダンガンロンパらしい作品であると言える。2日前にV3のレビューでも書いたばかりだが、どう翻弄してくれるのか?と期待して待ち受けて楽しめるのもダンガンロンパシリーズならではのものだ。

そしてこれはタイトルにもなっているのだからある意味当然なのかもしれないが、十神白夜というキャラクターが好きであるならば、特に楽しめる作品とも言える。下巻ラストで「世界征服をしない」を選択するときの口上は、ちょっとその理由が若干意味わからんとこともあるのだけども、普通に格好いいのだ。今までの「十神白夜といえばかませ眼鏡」というパブリックイメージをいくらかでも覆した。以下抜粋。

ラストの十神忍との会話でのこの御曹司は何この人格好いい…。誰これ?と言いたくなるような格好良さである。この知らない誰かの前では、苗木も日向もかすんで見えるに違いない。真の主人公十神白夜はここにいた
この6年間一貫してかませ眼鏡だった彼がこういう形であれ、株を上げたことは、なんだか素直に嬉しくもあった。
そして、果たして記憶を失った十神忍は「人類史上最大最悪の絶望的事件」の後でも生存したのだろうか?知る術はないが、彼女の記憶を消して放逐したであろう詐欺師たち77期生はその行方を知っている可能性がないでもない、か?記憶を消される直前の十神はこの十神忍に「また会える可能性だってある」と言っている。その通り、アニメ希望編の後ででも出会えていることを祈りたい。

最後に一つだけ気になったこと。青葉さとみはどうなったのだろうか?誰それ?って言うと↓の赤丸の子だ。

舞園さやかがセンターマイクを務める超人気アイドルグループの一員ではあるが、右端の色物、アヤカスこと羽山あやかを除けば人気最下位であるという不遇のポジション。顔もいいし歌も上手いのだが、それでも間違いなく他の3人と比べて劣っているために四番手というアイドル。このキャラ、上巻で大槻が扮していた中年ひきこもりと共に行動しているうちに人工衛星の落下の衝撃に巻き込まれ、瀕死の重傷になったはずなのだが、自分が読み落としていなければ、どういう結末になったかの描写はなかったはず。「常に営業スマイルを作ることは忘れないが割と毒舌で、自分が四番手であることを認めつつもめげず頑張っている」という、なかなかに立ったキャラだったし、上巻でのこの青葉と大槻ととのやり取りはなかなか気に入っていたので印象に残っているのだ。中巻を見てこの作品への嫌悪が最高潮だった時ですら、この青葉さとみの設定だけは公式でもいいと思っていたほどだ。

このキャラを深く考察するうえで注目したいのは、絶対絶望少女において舞園の縁者として塔和シティに捕らえられているのは羽山あやかであるということ。塔和シティに捕らえられていたのは皆、78期生と深い関係であり、大切な存在である人物だ。つまり、舞園はファンからは色物扱いである(中巻で登場したミステリー研究部の一人の発言から)羽山と、おそらくメンバー内では最も親しかったと推測されるのだ。外部からの評価など関係なく、おそらく舞園は羽山を敬っていたはずだ。外から見れば羽山あやかを抜けば最下位で、メンバー内でトップ、センターマイクの舞園は自分よりも羽山あやかと親しくしていて、実は一番下で一番みじめなのは自分なんじゃ…って感じだったんだろうなあ、辛かったんだろうなあ。舞園がゲーム内で自分の居場所、アイデンティティを奪われ壊れかけたように、この青葉も何かの拍子で営業スマイルが脆くも崩れて「私だって頑張ってる!四番手で何が悪いの!?」とか壊れそうでゾクゾクするなあ。
…なんてゲスい妄想を、実は上巻を呼んだあとに考えたりもしていた。まあ性格の良い舞園はもちろん青葉とも普通に仲良かったのだろう。羽山が選ばれたのは偶然とかランダムとかだろうな、実際は。

それはどうでもいいの置いておいて読み直して確認したところ、青葉に関しての最後の描写は上巻291Pで、十神忍の台詞で「どうもこうも、まだ生きているんだから、殺すことないでしょ」という発言で触れているのがおそらくは最後になる。超高校級の殺し屋としての本性を現した直後の大槻が、この青葉を殺そうとしたところを制止するシーンだ。この言葉、「まだ生きている」から分かる通り、放っておいたら死ぬことを意味しているのだが、この後の描写がない。誰かが介抱しなければ待つのは死のみという状況だ。読み返していて思い出したが、なぜチェコに旅行に来ていたのかというのも不明なのだよな。「失恋旅行」と自分では言っているが、それは嘘だと大槻が看破している。だが真の理由はというとわからない。自分では「劣っていると思ったことなど一秒もない」とも大槻に語っているのだが、やはり何か、アイドルとしての自分の存在に思うところがあっての旅行だったということだろうか。
舞園の動機ビデオにはとりあえず映っているのだから、あの後何らかの形で生存したと考えてもいい、のだろうか?何にせよ、実は一番再登場を期待していたキャラだったのだがなあ。どういう形であれ、再び大槻と絡んだらそれなりに面白い展開だったんじゃないだろうかと思うのに、残念。

追記:考えてみれば、舞園が見たビデオは希望ヶ峰学園入学前の映像だったはずなので、青葉がすでに死んでいても、2年間の記憶を失っている舞薗に見せるものとしては特に不都合はない。助かる理由もないため、やはり青葉さとみはここで死亡したと思われる。

キャラクター解説

十神白夜

我らが真の主人公。今回冒頭で列車に囚われの身となってからは最後の場面まで登場しない。列車からは自力で脱出していた。その超高校級の御曹司という才能の本質は、「自分では何もしていないのに勝利してしまう」ことらしい。その才能は忌々しいものだと77期生詐欺師は語った。「件(くだん)」を危険視し、ボルヘスを埋め込み十神忍の人格を上書きさせた張本人でもある。世界征服をしないという選択をし、自らの記憶と才能を引き換えに十神忍を生き延びさせた。この「ダンガンロンパ十神」を正式な設定とするのであれば、希望ヶ峰学園シリーズの十神白夜は全て弱体化した姿であることになる。きっとこの本来の彼なら、不二咲千尋の遺体を面白がっていじりかく乱工作などしないし、十神家は滅亡したと言われても全く狼狽えることはないのだろう。しかし自分自身で「弱体化した自分はさぞ愛嬌があるだろう」などとも言ってみせる。

十神忍(件)

未来を確実に予言するという能力を持つ「件(くだん)」だが、発見した白夜の手により人格を上書きされたためにその記憶も能力もすでに消失していた。物語の主役であり最大の謎であり核心でもあった。詐欺師たち77期生は彼女を消すため狙っていたが、すでに件としての能力は失われているため命までは奪われず、77期生の手によりその記憶を失い物語から姿を消したが、別れる際にその胸ポケットに入れた万年筆だけは白夜が所持しており、その存在を示す唯一の証となった。彼女が見ていた他作品の固有名詞は全て義眼であり物語AI「K2K」が組み込まれたボルヘスが見せていた嘘っぱちであり、ダンガンロンパ世界には存在していなかったらしい。

十神和夜

十神忍の弟、のはずだったが、十神忍同様に目にはボルヘスが埋め込まれており、それにより偽りの世界や記憶を見ていたにすぎなかった。忍と違い、本当の姿は何なのかすら明らかにならない「名無し」であったことが詐欺師から告げられる。十神忍に加え、この人物まで虚構を見ていたということで、特にこの十神和夜が主役の中巻はどこまでを信じていいのか…。色々と二転三転する作品だが、このキャラの設定は特にゴチャゴチャしているのでもう一度読み直さないと整理できない。少なくとも、口無村での事件にも、中巻で尺の大半をとって描かれた十神一族最大最悪の事件にも関わっていないことは確定。

大槻涼彦(大江稔)

十神忍、和夜の兄で元「超高校級の殺し屋」だが、本来の名前は「大江稔」だった。大槻という名は忍のボルヘスが見せていた虚構。最後には和夜をかばって死ぬ。忍によれば「愛する者に対して傷つけることでしか愛情を表現できない」ということなので、和夜に対しても確かに愛情はあったということだろう。

詐欺師

十神白夜の姿を模した77期生、超高校級の詐欺師。最後の十神との会話では裏に黒幕(江ノ島)がいることが匂わせるが、「この物語においてはラスボス」にしておいてほしいと発言。彼の思惑としては十神に「世界征服をする」を選択させたうえでそれを拒否し、負けた気にさせたかったらしいが、全くうろたえることのなく最初から「世界征服をしない」を選ぶ十神を見て感服し、「いい世界征服だったぞ」と賞賛する。ダンガンロンパ十神の中では十神の姿だが、エピローグ時点では御手洗亮太の姿になっているのだろう。

腐川冬子(ジェノサイダー翔)

中巻で十神を追ってチェコ入りしていた。プラハで十神忍を連れ回す大槻の前に現れる。「忍を守れ」という指示を白夜から受けており、そのため大槻と戦闘。1VS1では大槻を圧倒するが、十神和夜とのタッグには苦戦。その後はエピローグで十神と会話するまで出番はない。

戦刃むくろ

上巻で「星を救いに行く」などと言って姿を消していたらしいが、上巻冒頭の「世界の選択を選択する会」の護衛として出席していたらしい。だがこれに十神白夜も十神忍も気付いてはいなかった。チェコにはこれよりも早く入っていて、詐欺師たち絶望ハイスクールの面々の裏にいる真の黒幕、江ノ島の命令で動いていたということになる。詐欺師が語ったことが江ノ島の意思でもあるとすれば、江ノ島すら十神を恐れていたということになる?そう考えるとますますダンロン十神の白夜様マジ凄いって感じになってくる。

K

十神忍がプラハの山中で出会った謎の老人。実は希望ヶ峰学園で「聖書計画」に関わっていた人間で、忍にボルヘスに関しての真相を話す。十神忍がホテルから逃げ出したところでちょうどこんな人物に会うような偶然は不自然ではあるが、このKが言うには、こういう偶然にいちいち疑問を持つのは「写実主義」に囚われているからにすぎず、物語においては些細な事だと言う。このKと十神忍の会話に関してはかなりメタっているが、本をほとんど読まない自分にとってはなかなか興味深いもので文学的観点から面白い、むしろ下巻では最も面白い部分だったかもしれない。このKは実は、実在、存命しているチェコ生まれの作家「ミラン・クンデラ」であることが示唆されている。代表作の一つの「存在の耐えられない軽さ」は、自分もタイトルくらいは聞いたことがあるが、実在、しかも存命の人物を登場とは、これはまた随分思い切った真似をする…。

凡人の感想・ネタバレ>ダンガンロンパ十神(下)