王様の仕立て屋〜サルト・フィニート〜 評価 -凡人の感想・ネタバレ-

凡人の感想・ネタバレ漫画>王様の仕立て屋〜サルト・フィニート〜

執筆日2015年04月13日

評論

隔週刊誌スーパージャンプにおいて2003年〜2011年まで連載。スーパージャンプが休刊したのに伴い、グランドジャンプPREMIUMへと移籍して現在も連載を続けている、紳士服職人の世界を描いた職人マンガである。
現在も連載中であるのだが、グランドジャンプPREMIUMで連載されているものは「王様の仕立て屋〜サルトリア・ナポレターナ〜」というタイトルで単行本も1巻からのカウントとなっているため、ここでは2011年まで連載されていた「王様の仕立て屋〜サルト・フィニート〜」という作品に対しての評価というものを書きたい。まあ移籍後も設定事態はほとんど変わっていないので同じものと考えていいのだけれど。「グラップラー刃牙」と以降の「バキ」とか「範馬刃牙」みたいなもんですな。

ちなみに、「王様の仕立て屋〜サルト・フィニート〜」は32巻まで刊行されているが、自分が読んだのは大体20巻前後の話までだ。だから評価する資格が若干疑わしいのであるが、一時は熱烈なファンであったし、大体10話くらいが1エピソードになっている作品であって、最初からでなくそれぞれのエピソードのはじめから読み始めても楽しめる作品であるので、まあいいか、ということで評価したい。

話を解説すると、イタリアのナポリに住む日本人の仕立て屋の「織部悠(作中舞台のイタリアにおいてオリベ、あるいはユウと呼ばれる)」が多種多様な客の注文を浮け、それを通して読者側に服飾の世界とその周辺の様々なジャンルの薀蓄を語り、楽しませてくれる漫画である。紳士服の仕立て屋の世界を描いた世界なのだが、本質は「薀蓄漫画」である。作品を読んで「へえ〜〜」と唸るための漫画、海外の紳士服その他様々な雑学を知って楽しむための漫画である。

いかにも硬そうなテーマであるのだが、この作品の特徴として、女キャラが非常に多いことが挙げられる。まず筆頭が序盤に登場する天才美少女職人ラウラ、それに靴職人のヴィレッダ。そしてジラソーレという服飾メーカーは序盤からずっと登場し続けるのだが、この社員だけで10人くらいの美女が登場する。いつだったか、ジラソーレ社内の日常4コマみたいなスピンオフも誌面で見かけたこともある。「この漫画でこんなことやるのか!?」と当時は驚いたもんだけど、実際、登場するジラソーレ社のキャラはじめ、女性キャラはなかなか魅力的だ。そういう需要もあるってことだろうな。基本的には20代以上が楽しむ漫画であろうが、そういう視点から見るのも楽しい漫画であるので、作品の間口は広いと思う。

オリベは30代前半ほどの年齢で、仕立て屋世界ではてんで駆け出し、作中では「丁稚奉公」とも表現されるような段階でしかないはずの年齢なのだが、彼は偏屈だがナポリで最高の腕前を持っていたマリオ親方という人物(作品開始時点ですでに故人)の弟子となっており、年齢にそぐわない、神業とも言える凄まじい針の技術を持っている。ナポリにおける紳士服の仕事というのは1つで数ヶ月もかかるのが普通な中で、彼は10日ほどで仕上げてしまうため、速度だけならばナポリで随一。速度だけでなく、彼の仕立てた紳士服は質においても作中でも少なくとも上位に入る腕前。マリオ親方が持っていた1億ほどの借金を20代半ばにして引き継いでしまって以来、死に物狂いで稼ぎ続けてきたため、年齢にしては破格の技術と経験を持っているという設定である。その能力の本質は職人において最も重要とされる「愚直さ」と、常人離れした集中力であることが作中で示唆されている。

話の傾向として、作品の序盤から中盤にかけては単純にこの主人公のオリベ自身が様々な注文を受け、服を通して客が持っている問題を解決するというようなハードボイルドな話が多い。だが、長期連載に従いそれだけでは話を回すのが難しくなってきたのだろう、急成長企業で美人ばかりが社長や幹部を務める「ジラソーレ」社をはじめ、そのジラソーレ社長ユーリアの実父でユーリアとは確執を持っているペッツオーリが社長の「ペッツオーリ」社、パリのカリスマファッションブランド「リヴァル」社、イギリス、サヴィル・ロウの老舗店「ギルレーズ・ハウス」などなど、企業を巻き込んだ割と規模の大きいエピソードも増えていくことになる。

それぞれで出てくる紳士服の注文通し、薀蓄を語るほか、物事の本質とは何か、重要なことはなにか、そんなことを伝えてくるわけだ。この辺は職人漫画ではよくあるな。料理やソムリエや車など、職人漫画は色々あるが、どの漫画でもそれを通して人生を語る作品が多い。この作品も、薀蓄漫画であると同時に、人生に深みを得るためのヒントを与えてくれる作品であるとも思える。

また、この作品の魅力は、紳士服という、大人なテーマを扱うのに相応しいその作風だと思う。紳士服を通して、服だけでない思想などにおいても「エレガンテ」や「妙」を伝えてくる漫画なのだが、キャラの台詞や展開もまた妙であり、味がある。作者は現在の年齢40代後半、悪くいえば古臭いとも言える漫画表現も多いのだが、落語、小噺に精通していなければ出てこない、老獪とも思える台詞回しの妙が素晴らしい。絵柄はきわめてあっさりしたもので、巻数が進むにつれて手癖で描いているようなものになってしまうのだが、この台詞回しのおかげで、あっさりめに描かれたキャラクターでありながらキャラ立ちが良く、見ていて楽しい。作者である大河原遁氏だけの力ではなく周辺の人間の力もあるのだろうが、いかにもネタ切れが懸念されるテーマでありながらこれだけ長く安定した面白さを継続させているのは素晴らしい。

不満点として、見ていてオリベがちょっと万能すぎるのは若干鼻につかないでもない。彼は自分の力に自負や自信は持ってはいるものの、自分より上は当然のようにいる、という価値観の人間ではある。
だが、少なくとも作中においてはオリベの言うことなすことはことごとく正しいのだよなあ。この作品のテーマ上、オリベがかっこ悪いとこ見せると破綻してしまうのはわかっちゃいるんだけどね。作中で一回だけ、オリベはベリーニ伯爵という人物に自分の欠点を指摘されてヘコむ展開があるのだが、一回ヘコまされただけでこれかよ!とも思った。まあこの際にはオリベをライバル視しているラウラちんが「いっつもえらそうにしてるくせに一回ヘコまされただけでこうなの!?」というようにまさに代弁して激しく突っ込むので、このあたりもまたこの作品らしく如才がないというかフォローが素晴らしいというか…。これは単にいちゃもんなんだけどね。オリベが間違ったこと言ったりしちゃ話が回らない漫画だししょうがないね。

とにかく、他に類を見ないテーマを扱っていながら、薀蓄で毎度安定して楽しませてくれるこの漫画、これからも可能な限り続いてほしいと思う。
今回この評価を描くにあたって現在8巻まで出ている「王様の仕立て屋〜サルトリア・ナポレターナ〜」の最新8巻だけ購入してみてみたのだが、相変わらず変わってない面白さで安心した。社会人失格レベルのズボラさでありながら神がかり的な技術を持つ、マリオ親方の息子リッカルド、それに気鋭のモード服職人ジョナタとの対決。コメディ表現ばっかりなリッカルドがふとジョナタに見せた慧眼にはゾクッとさせられた。そしてまさか6回も対戦を繰り返すとはねえ。しかし、同じような展開でもこれだけ対戦を繰り返されると、ジョナタの心境の変化にもできるというもの。ジョナタはなぜかジョジョパロなキャラで、最初見たとき若干滑ってないかと思ったが、通してみてたらいつの間にか愛着が。ストーリーもキャラ作りも上手いなあ、本当に。部屋の本棚にはサルト・フィニート14巻までしか並んでいないが、全巻集めたくなってしまった。

王様の仕立て屋・ベアトリーチェ

ジラソーレ社の経理担当、オカッパことベアトリーチェ=パスコリ嬢。小悪魔で計算高い彼女に騙されたいという男性ファン多数。かどうかは知らない。他にはおさげの嬢ちゃんことアンナとかも好きなキャラ。めっきり出番は少なくなってしまったが…。

項目別評価

職人漫画は数あれど、服飾という他に類を見ないジャンルでここまで長期連載が出来ているのは紛れもなく、飽きさせないストーリー構成や魅力あるキャラクターたちによるものだろう。すぐにネタ切れしそうでもある話を10年以上続けているのはすごい。実際のところ、こうまで紳士服だけで世界が回るわけはないだろうとか思わないこともないのだが、この手の漫画にそういう事言うのは、まさに作中で言うところの「野暮」だろうな。
蛇足かもしれないが、この作品において最も好きな言葉の一つを挙げる。「職人に必要なものは何か?」という問いに対する答えだ。

「大抵の奴はこう聞かれたら才能だの、根性だのと答える。だがそんなものは職人にとっちゃ邪魔にしかならねえ。 職人に一番大事な物。それは愚直だ。一度ついて行くと決めた人間に命じられれば、何の疑問も持たず八ヶ月も地下墓地に籠れる。 他人から見りゃバカバカしい時間を、貪欲に自分の肥やしにする。そういう愚直さがあいつにはある。」

オリベの師匠マリオの言葉で、「あいつ」とはオリベのことだ。これは本当に的を射てると感じたからか、一番心に残った。これは本当にその通りで、あらゆる業界において言えることじゃないだろうか。

凡人の感想・ネタバレ漫画>王様の仕立て屋〜サルト・フィニート〜