シグルイ(漫画) -凡人の感想・ネタバレ-

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執筆日2014年12月03日

評論

現代日本社会、自殺者が年間3万人を超えるなどといろいろな闇を抱えている。どこかの集団に属し、そこで必死に置いて行かれないように、摩擦が起きないように渡っていかなければならない息苦しい時代だ。物にあふれている時代だけに、生きていくだけは駄目であり、「高度」に生きなければならない面倒な時代だ。
それでも、時代をさかのぼって考えれば今は幸福な時代なのはある一面としては間違いないだろう。恥も外聞も捨てて生きる覚悟が決まれば、生きていけないことはない。何せ普通に生きていれば死の危険性はない。死んだら何もならない、すべて終わり、なんてことは言うまでもないのだから。

シグルイ、この漫画は江戸時代前期、1600年ごろの封建社会制度の中で生きる武士の生き様が主題の漫画だ。
作中で言われる通り、封建社会は「少数のサディストと多数のマゾヒストによって形成される」とされる。
作中で最も狂気のサディストなのが駿河大納言の徳川忠長だ。彼は史実でも暴君であるとされ(一説に言われる残虐行為はしていないと否定もされているらしいが)、幕府の転覆をもくろんでいる。そして幕府への謀反の意思表示として、真剣での午前試合を開催する。物語はその所業が看過されず、彼が処刑されたシーンから始まる。物語冒頭であるが、しかし作中の時間軸では最も先端なのがこのシーン。
彼は物語中ではてんで脇役ではあるのだが、この「シグルイ」の作品を象徴する人物の一人であるのは間違いない。だからこそ冒頭に彼の処刑シーンが描かれるのだろう。君主が死ねと言うならば死なねばならない、そういう時代に生きる武士もまた、正気ではやっていけず、「死狂ひ」でなければ生きていけない、それを描いた作品だ。

青年誌であり、グロ描写も多いことから対象年齢は高めであろうが、カテゴリー的にはバトル漫画に収まる作品。
主人公、藤木源之助が属する「虎眼流」に伝わる必殺技の数々は、男心をくすぐるものが多い。そのとてつもない膂力を駆使した脳筋極まりない奥義の数々は男子の心を魅了する。江戸時代の情勢をリアルに描きつつも、先頭描写はほとんど超人じみている(例えば手に持ったとっくりを落として対面する相手に打撃を放ち、とっくりを落下前に取る、などというありえない芸当)が、このほどよいケレンミを持った戦闘描写が、青年漫画ながら、少年漫画に劣らず燃えさせてくれる。
特に主人公藤木と、そのライバル伊良子は都合4回も決闘することとなるが、特に3回目の決闘が作中最も盛り上がるところであり、またこの作品のピークでもあろう。

またもう一つの見所は、伊良子清玄、そして虎眼流開祖である岩本虎眼の一人娘、三重の心象であろう。というかこの作品の本質はこちらにあるのだが。
登場する人物は誰も彼も、主人公の藤木も、むしろ藤木が最もそうなのだが、悪く言えば「封建社会に甘んじている」。武士は武士らしく生きることだけを考えていきるべきであり、それ以外のすべてを排除する。
だが、貧しい生まれの伊良子だけはそれに異を唱えており、自らの腕一つで成り上がることで、育ち、生まれにより運命が決定付けられることを否定しようとしている。武家に生まれ、その娘らしくあろうとしながらも、その武士の頑なさに絶望している三重は伊良子に心惹かれることとなる。

伊良子、三重、そして藤木の3人の関係は非常に複雑なものとなっている。この三角関係の生々しさがまたこの作品の魅力だ。伊良子は基本的に悪役であり、藤木も三重もさほど眼中にないのだが、三重に関しては、二人の男を好意的に見ており、また同時に酷く嫌悪している。藤木もまた、伊良子に対しては複雑な感情を抱いている。
藤木は伊良子の腕前を認めつつも、自分以上の伊良子を疎んでいるのも確かだ。三重の夫として伊良子が選ばれたシーンでは計り知れないショックを受けているし、伊良子が失明するシーン直前の決闘では笑みを浮かべたのは伊良子を自らの手で蹴落とすことにまた喜びがあったからこそのものであろう。三重に対しては純愛を抱いているが、その思いは最後に最悪の結末を迎えることとなる。藤木は四六時中鍛錬をかかさない超一流の剣士であり、またどこまでも誠実な人間なのだが、それは裏を返せば彼が階級社会の奴隷であるということにほかならなかった。
三重は武士社会に染まらない伊良子に対して好意を持っていたが、父親の虎眼を彼に殺されてからは激しく憎悪する。また、藤木に対してその実力を認めており、また彼の誠実な人柄に好意を抱いていたのも確かだろう。最終決戦の前には彼を愛していたのは紛れも無い事実。だが、彼女は藤木こそが封建社会の最たる奴隷であることを忘れていた。自分が最も嫌悪するその性質を目の当たりにし、彼女は自死を選択することとなる。
伊良子は自らの剣技のみでのしあがろうとする野心家。虎眼流に入門するのはその足ががりでしかない。藤木をも超える天性でみるみる頭角を現すのだが、女により身を滅ぼすこととなり、しかしそれにすら屈することなく、視力を失いながらも天を目指す。基本的には好色家でいけすかない天才美剣士ではあるのだが、彼はある意味では最も純粋であり、封建社会に真っ向から勝負をしかけているのは、紛れもなく作中で彼だけだ。主人公である藤木などはそれに立ち向かおうなどとは考えもしていない。実際、彼は敵ではなくこの作品のもう一人の主人公であるとされている。最終巻までは読んでいても好きになることはできないキャラだったのだが、最終巻において簡潔に彼の本質が書かれる。「野心を満たすために昇ってきたわけではない、人間に優劣をつける階級社会を否定するために昇ってきた」のだと。

最終決戦において、藤木は常に遅れをとっていた伊良子についに打ち勝つのだが、それにもかかわらず物語はバッドエンドを迎えることになる。
何が悪いのかと言えば、「時代が悪い」ということになるだろう。結局、伊良子、そして三重は簡単に言えば「生まれてくる時代を間違った」のだ。伊良子などは今の社会に生まれたのならカリスマホストとかになってそうである。「死狂ひ」の境地でなければやっていけないような狂気の時代に生まれたのが彼らの悲劇。この作品を読んだ後に出た感想は、「今の平和な社会に生まれてきてよかった」ということだった。

元々は故、南條範夫氏の小説が原作なのだが、このシグルイというタイトルがあまりにも作品にふさわしいことに、全巻読み終えたところで感服した。この作品を一言で表した言葉がまさにシグルイだ。
平和な現代に生まれたことに感謝しつつも、この作品の登場人物が今の時代を見たらさぞ軟弱と一蹴するのだろうなあなんてことも思う。伊良子や三重は喜ぶのかもしれないが。
死狂ひという言葉は「葉隠」からの引用だが、この書物は全体的に、死ぬ覚悟、捨て身でやる覚悟が重要である、ということを説いたものである。死ぬ危険性は少ない時代であっても、そういう覚悟はいつの時代であっても場合によっては必要なのかもしれない。

項目別評価

筋肉の描き込みぶりは半端でなく、構図も迫力がある。目が大きすぎる点だけ少し気になるのだが。全体を通して陰鬱な物語だが、いざ戦いとなればどれもこれも燃えさせてくれるもので娯楽性も高い。

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